第3艦隊
開戦時の第3艦隊は重巡足柄・軽巡球磨・名良で編制された第16戦隊、敷設艦3隻で編制された第17戦隊、軽巡名取を旗艦とする第5水雷戦隊、特設水上機母艦3隻で編制された第12航空戦隊、第6潜水戦隊で編制されていた。旗艦は重巡足柄。
開戦時は比島部隊の主力として比島作戦を支援した後、第3艦隊は第2南遣艦隊に改編され、第3艦隊は解隊された。
しかし、ミッドウェー海戦で機動部隊の第1航空艦隊が壊滅すると、第3艦隊が機動部隊として再編されることになった。
これまでは、護衛艦艇を他の艦隊から借りて部隊を編成した軍隊区分による機動部隊であったが、これを改め、第3艦隊は最初から自前の護衛艦艇を含んだ建制の機動部隊として1942年7月14日に再編された。
第3艦隊は第5航空戦隊に所属していた空母翔鶴と瑞鶴および第1艦隊付属の瑞鳳で再編された第1航空戦隊、第4航空戦隊に所属していた空母隼鷹と龍驤で再編された第2航空戦隊、第1艦隊隷下の第3戦隊から転出した戦艦比叡と霧島で新編された第11戦隊、第2艦隊から転出した重巡熊野、鈴谷、最上(8月25日に航空巡洋艦に改装のため除かれる)で編制された第7戦隊と重巡利根と筑摩で編制された第8戦隊、第1航空艦隊から転出した軽巡長良を旗艦とする第10戦隊、第1艦隊から転出した空母鳳翔で編制された。
第3艦隊はソロモン諸島方面の作戦に参加し、第二次ソロモン海戦では龍驤、第三次ソロモン海戦では比叡と霧島を失った。
11月20日、第10戦隊旗艦の長良が第2艦隊第4水雷戦隊に転出、代わって竣工して間もない軽巡阿賀野を第10戦隊に編入。
11月30日、潜水母艦から空母への改装を完了した龍鳳が第3艦隊に編入。
12月24日、第三次ソロモン海戦で壊滅した第11戦隊に代わって、戦艦金剛と榛名で編制された第2艦隊隷下の第3戦隊を編入。
12月29日、軽巡矢矧が竣工、第10戦隊に編入。
1943年1月15日、鳳翔と龍鳳で錬成部隊の第50航空戦隊を新編して第3艦隊に編入。
6月10日、航空巡洋艦への改装を完了した最上が第7戦隊に復帰。
6月12日、龍鳳が第50航空戦隊から第2航空戦隊に転出。
9月15日、水上機母艦から空母への改装を完了した千歳が第50航空戦隊に編入。
1944年1月1日、第8戦隊を解隊、利根と筑摩は第7戦隊に転出。同日、第50航空戦隊を解隊、鳳翔は北東方面艦隊第12航空艦隊第51航空戦隊に転出、千歳は第3艦隊付属となる。
2月1日、空母千歳、千代田、瑞鳳で第3航空戦隊を新編して第3艦隊に編入。
3月1日、第2艦隊と第3艦隊で第1機動艦隊を編制、第1機動艦隊司令長官が第3艦隊司令長官を兼任する。同日、第3戦隊と第7戦隊が第2艦隊に転出。
3月7日、空母大鳳が竣工、第1航空戦隊に編入。
5月1日、連合艦隊付属の航空戦艦伊勢と日向で第4航空戦隊を新編して第3艦隊に編入。
マリアナ沖海戦では本隊として参加、大鳳、翔鶴、飛鷹の空母3隻と艦上機の大部分を失い機動部隊としての機能を喪失した。
7月10日、第2航空戦隊を解隊、隼鷹は第4航空戦隊に、龍鳳は第1航空戦隊に転出した。
8月6日、空母雲龍が竣工、第1航空戦隊に編入。
8月10日、空母天城が竣工、第1航空戦隊に編入。同日、瑞鶴が第1航空戦隊から第3航空戦隊に、龍鳳が第1航空戦隊から第4航空戦隊に転出。
10月15日、空母葛城が竣工、第1航空戦隊に編入。
捷一号作戦では機動部隊本隊として参加。エンガノ岬沖海戦で作戦に参加した4隻の空母を全て失った。
11月15日、第1機動艦隊と第3艦隊を解隊、第1航空戦隊は連合艦隊の直属となり、捷一号作戦で全滅した第3航空戦隊は解隊された。
第4航空戦隊は第2艦隊に転出となり、伊勢と日向は第4航空戦隊に残留、隼鷹と龍鳳は連合艦隊第1航空戦隊に転出した。第10戦隊も解隊されて軽巡矢矧は第2艦隊第2水雷戦隊に転出した。
1941年4月10日~ | 高橋伊望中将 |
1942年3月10日~ | 解隊 |
1942年7月14日~ | 南雲忠一中将 |
1942年11月11日~ | 小沢治三郎中将 |
1944年3月1日~ | 小沢治三郎中将(第1機動艦隊司令長官兼任) |
1944年11月15日 | 解隊 |
関連用語: 第1艦隊| 第2艦隊| 第1機動艦隊| 第8戦隊| 第10戦隊| 第1航空戦隊| 第2航空戦隊| 翔鶴| 瑞鶴| 大鳳| 熊野| 利根| 矢矧| 長波| 風雲