阿賀野型軽巡洋艦
日本海軍軽巡洋艦。同型艦に阿賀野、能代、矢矧、酒匂がある。
1920年代に建造された多摩型、長良型、川内型の5,500t型軽巡は水雷戦隊旗艦として使用されていたが、その後の旗艦設備や航空兵装の強化などによる改装で排水量が増大し、速力は完成当初の約36ノットから約33ノットに低下してしまった。そのため、性能が向上し高速化した駆逐隊を率いるには5,500t型では限界が出てきた。そこで新たな水雷戦隊旗艦として阿賀野型が建造された。
阿賀野型は艦型をできるだけ小型にして運動性を高めた。魚雷発射管は艦の中心線上に配置して、次発装填装置を装備。通信設備も強化され、理想的な水雷戦隊旗艦用軽巡として完成した。
しかし、阿賀野型の1番艦が完成した時はすでに航空主兵の時代であり、本来の建造目的にかなった活躍は望めない状況であった。
阿賀野型は逐次機銃が増備された。竣工時の阿賀野が機銃を6門装備していたのに対し、酒匂は竣工時から48門を装備していた。
阿賀野型4隻のうち阿賀野、能代、矢矧は戦没したが、酒匂は実戦に参加することなく終戦を迎え、ビキニ環礁で行われた水爆実験の標的艦として沈没している。